白糠町の西部にあるめん羊牧場
「羊まるごと研究所」
(以下ひま研さん)。
今回はひま研さんの
羊の毛刈りの様子をご紹介します。
所長兼羊飼いの酒井伸吾さんは、
2020年11月10日(火)放送回の
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に
出演なさった、まさに
“羊のプロフェッショナル”
なのです。
※上の写真は2021年3月訪問時のものです。
後ろにはまだ雪が見えています。
音声ご注意(羊の鳴き声)
酒井さんが育てる羊は、
首都圏をはじめとする全国の
ミシュラン三つ星店や、
洞爺湖サミットのG8ディナーで
世界の首脳陣に供されるなど、
一流の料理人や世界のVIPからも
非常に高い評価を獲得しています。
◆羊まるごと研究所公式HP
酒井さんに、羊を育てるにあたって
大切になさっていることは?
とうかがうと、
「農業というのは
“循環”であると、私は考えています。
健康な母羊を育てれば、
健康な子供が産まれる。
そんな良い循環をつくり、
まわしていくためには、
良い環境・広い空間で
羊を育てることが
大切だと考えています。
具体的には採光性が高く、
風通しが良い乾燥した環境。
広々としていることも重要です」
と教えてくださいました。
ひま研さんの敷地面積は、
約20ha(東京ドームおよそ5個分!)
という広々とした土地で、
約300〜400頭の羊たちを
育てています。
羊たちが食べるのは、
元気に育った牧草に加え、
小麦やビートパルプに
納豆菌や酵母、炭などを加えた
オリジナルの配合飼料。
自然由来の飼料の糞は、
安全な堆肥として土へかえり、
牧草の養分になり、
ふたたび羊が食む。
…なんと素晴らしい
“めぐり”でしょうか!
そんなひま研さんでは、
年に一度の毛刈りの
季節を迎えました。
春は毛刈りの季節。
人に飼われている羊は
品種改良の影響で
一生毛が伸び続けるため、
年に一度、大人の羊は
毛刈りが必要なのです。
※今年の冬に生まれた仔羊は、
来年の春まで毛刈りをしません。
ちなみに春に
毛刈りを行う理由は、
夏はすでに気温が暑いうえ、
毛がない状態では
紫外線から肌を守れない。
秋だともうすぐ寒くなる。
冬だと寒すぎる。
という理由からだそうです。
私がお邪魔したときには
すでに毛刈りが始まっていました。
ここは「ヤード」という施設で、
羊の仕分けや毛刈り、投薬など
大切な作業を効率的に行うための、
牧場の中心的存在です。
仕切り柵の一番右手には、
すでに毛刈りが終わった
メンバーがいますね。
もこもこから一変、
スッキリしてます!
百戦錬磨の酒井さん、
手早く毛刈りを
していきます。
「羊、暴れないの?」
という疑問もあるかと思います。
しかし、さすが酒井さん。
素早い動きであっという間に
お腹を上に向けて座らせると、
無抵抗主義!
羊にはなぜか
大人しくなる体勢があって、
ちゃんとバランスを保って
座らせたり、寄っかからせてあげれば、
暴れることなく毛刈りを
させてくれます。
とっても不思議です。。。
とはいえ羊は重いので、
寄っかからせたり起こしたり、
羊が動いてバランスが崩れたところを
もとに戻すのに、
ある程度の力は必要です。
「羊が暴れるのは、
自分がちゃんと体勢を
整えていないから。
ちゃんと整えてあげれば
羊は落ち着くんですよ」
と酒井さん。
毛刈りはこちらの動画をご覧ください。
手順はざっくりとですが、
まずお腹を上に向けて座らせて
①お腹~股間を刈り…
▼
②脚→太もも外側→背中側に向けて
バリカンを動かし…
▼
③首元→肩→脇腹を刈り…
▼
④背中側の半分を刈る
これで半分終わりました。
反対側は③と④を
行い、最後、お尻に残った
毛を刈ったら終了です。
私に説明しながらだったので、
この子はトータルで
5分少々かかりましたが、
通常モードの酒井さんは
もっと早いです!
ちなみに酒井さん、
「羊の毛刈り世界選手権フランス大会2019」に
日本代表チームの一員として
参加したご経験をお持ちです。
そして同時に、バリカンの刃で
羊の体に傷をつけないよう、
とても気を付けて
毛刈りをなさっています。
例えば皮膚の薄い首の辺り。
首元にバリカンを入れるとき、
毛に埋もれて刃が目視できないので、
慎重にバリカンを動かしていきます。
脚と胴体の境目などは、
脚の付け根を押して伸ばし、
バリカンをローリングさせながら
毛を刈っていきます。
出張用のバリカンを手ににっこり。
お腹~内股は乳首や性器がある
デリケートなエリアなので、
丁寧に毛刈りします。
かといってモタモタしていたら
羊の我慢タイムが伸びる
↓
体勢が崩れる
↓
羊、暴れる
↓
お互い危ない
となるので、
素早く行うことも必要です。
押さえつけるのではなく、
バランスをとって羊の体勢を整え
安全に保定し、
・毛の根元にしっかりバリカンを入れ、
・極力少ないストロークで
・皮膚のたるみを伸ばしながら
・体の曲線に沿って
・手早くバリカンを動かしていく
酒井さんの毛刈りを見ていて、
これが上手な毛刈りに
欠かせないポイントだと感じました。
そしてこの春から、
ひま研さんに新たなメンバー、
長谷川さんが加わりました!
師弟ダブル刈り!
長谷川さんはひま研さんに
来てまだ10日ほど(訪問時)。
もちろん酒井さんと比べると
時間はかかりますが、
根元から丁寧に、
優しく刈っています。
酒井さん、毛刈りの際の
体勢や足の位置取り、
体の動かし方、バリカンの動かし方、
羊の回し方(※)を
細かく教えています。
(※)毛刈りの際、羊を座らせると丸くなるので、
このような表現をしています。
実際には“羊の動かし方”という意味です。
ちょっと一息。
師弟でにっこり。
(視線の先には刈り終わった羊毛が)
空飛ぶタンチョウを見て笑顔のおふたり。
今日、結構連続で
毛刈りをなさいましたが、
いかがでした?とうかがうと、
「楽しいです。
新しい発見がたくさんあって、
ゼロからいろいろ
得るものが多いです。
言葉を覚え始めた赤ちゃんが、
楽しくてたくさんしゃべる。
そんな感覚でした」
と教えてくださいました。
羊飼いとなるべく、酒井さんのもとで
修業を始めた長谷川さん。
これからも応援してます!
そしてひま研さんでは、
刈った羊毛を活かすべく、
羊毛(以下フリース)の
販売も行っています。
左の方は3月に研修に来ていた学生さんです。
ひま研さんのフリースは
刈り取ったままの原毛販売に加え、
洗毛やカ―ディング(※2)などの
加工を行っています。
(※2)カ―ディングとは
洗った羊毛を綿にする作業。
繊維業界の用語で、
羊毛や綿など採取した繊維を
櫛で均して、繊維方向を
揃える作業のこと。
糸つむぎしやすく
糸の太さも均質になるため、
つむぐ前段階として、
この作業が必要になります。
スピニング(糸つむぎ)や
染めなどをする羊毛作家さんをはじめ、
個人の熱いファンも多いんです。
◆ひま研さんのフリースを
使用している作家さんの
Instagram。
※こちらは筆者が個人的に
Instagramで追いかけている
作家さんたちです。
ペレンデール鎌倉さん
毛糸屋oonさん
工房風色(こうぼうふうしょく)さん
aijiņaさん
他にもたくさんの
素晴らしい作り手さんが
いらっしゃるので、
ぜひSNSなどで
検索してみてください。
さて、刈られたフリースを見てみますと…
こちらはふわふわ感が
とっても強いです!
ふわふわ感が強いフリースを、
“バルキー”(※3)と
表現なさっていました。
(※3)bulky(英語:形容詞)=
「かさばった、大きい」という意味だそうです。
◆余談
bulkyの名詞形であるbulkの語源は意外にも、
北欧ノルウェーなのだそうです。
ノルウェー語の「大きい荷物」
を指す言葉から生まれて、
英語圏に伝わり、「かさばった」
という意味になったのだそうです。
あと、ボディビル業界では
「あの人バルクがやばい」という
誉め言葉があるそうです。
意味は“筋肉がデカい”だそうで。。。
表面は茶色、内側の毛は
グレーという表情豊かな毛
こちらは毛足がとても長いです!
色も質感も、羊1頭ずつ
異なるんですね!
ちなみにグレーの毛色は
とても人気があるんだです。
刈ったフリースは、
ヤード内で スカーディング(※4)
を行います。
(※4)スカーディングとは
泥や草などの異物、汚れの
激しい部分を取り除くことです
こちらは奥様の啓子さん。
優しいお人柄がにじみ出る
素敵な方です。
啓子さん、汚れが強い部分を
テキパキ手早く取り除いていきます。
こちらの図はフリースを
簡単に図にしたものです。
(著者作成 無断転載禁止)
濃いグレーの部分は、
草や土の付着が強かったり、
糞などの汚れが目立つ部分。
薄いグレー部分、
首の周りの繊維は
太さがまちまちで、
フェルト化していることが
多いのだそうです。
なので濃淡グレーの部分は
取り除くことが多いです。
そして、同じ羊からとれた毛でも、
部位によって質感や見た目が
大きく異なります。
例えばこちら。
酒井さんの手にあるこちらの毛、
同じ羊からとれたものなんです。
質感も長さも見た目も
全然違いますね…!
ひま研さんでは、
商品にしない羊毛も
無駄にはしません。
牧草地にまいて、
土の養分とするのです。
ウールはケラチンと呼ばれる
天然タンパク質でできています。
そのため、ウールを土に埋めると
菌やバクテリアの繁殖に伴って
酵素が発生し、生分解されます。
分解によって発生した
元素は土に還り、
成長する植物に取り込まれ、
ふたたび羊が食むのです。
ここにも美しい
“めぐり”があります。
私は酒井さんと
お話しさせていただいて、
いつも感動を得ています。
酒井さんと初めてお会いした時、
「足るを知る生き方」について
教えてくださいました。
三ツ星シェフをはじめ
全国の一流シェフから
厚い信頼を集める酒井さん。
飼養頭数を増やして
出荷量も増やせば、
売上も上がるところですが、
そうはなさいません。
「自分の目がしっかり届く範囲で
羊を育てることで、
健康で美味しい羊が育つ。
だから僕は、無理に増やすことは
しないんです」
と教えてくれました。
また、羊の頭骨を見ながら
雑談をしていた時には、
羊飼いとその歴史、
キリスト教文化や象徴学、
美術に経済学など、
さまざまなトピックを交えながら、
ユーモアあふれるトークを
してくれました。
謎の頭骨が物語のカギを握る
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」初版挿絵(筆者愛読書、頭骨繋がりで)
気さくで教養深く、
自然の“めぐり”に溶け込みながら
羊のプロフェッショナルとして
生きる酒井さん。
とってもとっても素敵な方です☆彡
ぜひまたいろんな話を
聞かせてください。
そして私も毛刈りを
体験させていただきました!
上の写真だと私が全部
毛刈りしたみたいに見えますが、
95%以上酒井さんです(;^_^A)
実際やってみて、
バリカンの動かし方、
羊との位置取りなどすべての挙動が
プロと私では雲泥の差だと感じました。
少ない手数で鮮やかに
毛刈りをする酒井さん。
比べて私はおっかなびっくりで、
羊も「まだかよ」みたいな顔を
していたように感じます(汗)
でも、とても貴重な経験を
させていただきました。
本当にありがとうございます!
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◆備考
ひま研さんの羊肉は、
レストランなどに半枝単位の販売を
行っていらっしゃいます。
個人向けの販売は、
基本的に行ってないそうです。
※仔羊肉の御用命は、
直接お問い合わせください。
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